−可憐な小鳥−

ウソ


 ウソはたいへん愛らしい鳥です。ふっくらとした身体つきといい、おちょぼ口のような短い嘴、そして雄の頬の淡い紅色。頬紅をさした童女というイメージです。今時、ウソのイメージの女の子はまずいませんが。
 ところが名前のウソは嘘を思い浮かべ、この鳥の印象とはかけ離れた感じです。実はウソの語源は、古語の嘯(うそぶ)くで、この鳥の声が口笛に似ていることからです。
 同じように、ウソ=嘘の発想から鷽替の神事が行われてきました。発祥は太宰府の天満宮、菅原道真の紋所のウメとウメにやってくる鳥のウソ、そして嘘を真実のするというのが由来です。昔の神社にも現代の広告代理店のようにいろいろ理由を付けて、イベントを考える人がいたことがわかります。

 日光でウソによく出会うのは戦場ヶ原ではないでしょうか。茂ったズミの林のなかから「フィ、フィ」というやわらかな声を聞いたことがあるでしょう。盛夏ならば、巣立った幼鳥を引き連れた親子に出会えるかもしれません。この声は口笛で真似ができますし、真似をした口笛でウソの幼鳥が近くにやってきたという報告もあります。 日光でウソが繁殖しているのは、標高1300m以上のエリアです。ですから、いろは坂を登った戦場ヶ原からさらにその奥の湯元、さらに登った山王峠や志津など、亜高山帯といえる地域です。コマドリやルリビタキより低めのところから分布していますが、それほど多い鳥ではありません。
 私の印象に残っているのは、戦場ヶ原の泉門池の岸辺の枯れ木のてっぺんにとまって鳴く姿、このときは雄の頬の淡い紅色がとてもきれいでした。
 湯元では、国民休暇村のまわりを朝早く散歩していると、ウソの親子連れが鳴き合いながら林のなかを移動していくのに出会いました。ウソがうれしいのは、こういったときでも警戒心が薄く、近くまでやってきてくれることです。
 志津では朝早く録音機をセットして、後で再生したらウソが鳴き合いながら移動していく様子が録音されていました。

ウソの異名に琴弾鳥というのがあります。鳴くときに脚を上げ下げするので、琴を弾いているように見えるためと言われています。私は見たことはなく、ことの真偽はわかりません。しかし、ウソの声を聞くとそんなことをしそうな感じがします。イメージからの銘々かもしれません。
 ときどき語源となったウソの「フィ、フィ」という口笛のような声を、さえずりだと思っている方がいます。ところが、ウソのさえずりはまったく別の声で、なおかつ滅多に聞くことはありません。
 この鳥のさえずりは、たいへん奇妙に聞こえます。音色は地鳴きの「フィ、フィ」ですが、「ピョー」や「ヒョオ」と聞こえる声を交えて、抑揚が激しく上がったり下がったりした音程で鳴き続けます。聞きようによっては、調子外れの鳴き声なのです。
 私自身、ウソのさえずりを聞いたのは日光通いを始めてから。それも去年こと、1回しかありません。場所は、行者堂の裏を登り切ったところです。このときは一瞬、何が鳴いているのか、わかりませんでした。録音機を準備しているうちに鳴き止んでしまいましたので、さえずりは滅多にしない上に短いのです。ここは標高が低いので、ウソの繁殖地ではありません。ひょっとしたらさえずりの練習をしていたのかもしれません。

 日光でウソに出会えるのは、夏ばかりではありません。冬も日光のあちこちで見られます。クロスカントリースキーで、光徳牧場のまわりを歩いていると、ズミ林のなかで会ったことがあります。このときは、ヒレンジャク、オオマシコもいっしょでした。
 下のほうでは、小倉山の頂上を目指して登ったとき、頂上を越えた先にあった狭い草地で出会いました。このときも「フィ、フィ」と鳴き合いながら植物の穂先とまり、さかんに実をついばんでいました。
 小倉山の裾野の木彫りの里では、10羽ほどの群が枯れ枝のてっぺんにとまってくれて、観察会の参加者全員がじっくりと観察できたことがあります。
 このときは、ウソのなかの雄に胸がほんのりと赤いものがいました。これは、ロシアのサハリンから大陸にかけて繁殖する亜種のアカウソです。ということは、日光で冬に見られるウソのなかには、冬鳥として渡ってくるものがいるのです。
 夏に日光の高いところで繁殖しているものが、冬に下りてくるというような単純なものではないようです。

松田道生(2003年8月18日・起稿)

イラスト:水谷高英氏

ウソの声(湯元)>

※音声を聞くためにはリアルプレヤーがインストールされている必要があります。


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